フェリーさんふらわあ

毎年正月を山口の実家で過ごしていたけど、今年は姪っ子の高校受験で帰省を自粛、
その代わりゴールデンウィークにでも帰省しよっかねぇ、と言っていた。
そして4月に入った頃、「で、どうする?」と具体的な話になり、
折角だから、SLやまぐち号に乗りたいね、とか、
折角だから、別府の伯母と福岡の叔母にも会いに行こうか、とか、
それなら最初にフェリーで別府まで行ったらどう?、とか、
そんな風にポンポンポンと決まっていって、、

とうとうその日がやってきた。

ゴールデンウィーク初日。
まずは平福の自宅から六甲アイランドのフェリーターミナルまで。(114km)

自宅を15:30頃に出発して、フェリーターミナルには17:30頃に到着。
ここからカーフェリーに乗って大分へ向かう。
神戸19:50発、大分7:20着、おおよそ12時間の船の旅だ。
ちなみに、タイトルの「さんふらわあ」は、こうやって平仮名で書くのが正式名称らしい。


カーフェリーに乗るなんて、一体何年ぶりだろう。
あいや、小さなカーフェリーならちょうど2年前に乗ったな。
大分の竹田津港から山口の徳山港まで。
スオーナダフェリーのサイト情報によると所要時間は約2時間。
でも今回のように、大型のカーフェリーでしかも船中泊となると、1995年4月にまで遡る。
当時、大阪南港を出港したフェリーに、ぼくらは神戸から乗り込んで、
四国の松山あたりを経由しながら翌朝別府港へ着いた。
あの時は確か4人部屋で、誰かよその人と相部屋だったような気がする。
とは言っても、部屋には2段ベッドが2つ据え付けてあって、
それぞれがカーテンを閉めてしまえば一応個室状態。
安心してぐっすりかと思いきや、実際は波の揺れとエンジンの音とその振動で、
熟睡はできなかったような記憶がある。
今回はツーリストと言って、いわゆる大部屋。
ひと部屋に18人が、幅60cmの細長い布団で、並んで寝る。
(りょ)は幼児扱いで運賃を払ってないので、父ちゃんと母ちゃんの間に寝る。
果たしてちゃんと眠れるのだろうか?、若干の不安を抱きつつ、
それでも(りょ)にとっては、絵本でしか見たことのない大型フェリーに、
実際に乗って、風呂にも入って、お泊りもして、と、
楽しみいっぱい、ウキウキワクワクする旅な訳で、
そんな(りょ)のウキウキワクワクに引き摺られるように、
親もウキウキワクワクしながら乗船を待った。


ターミナル専用のおかしなナンバープレートを付けたトレーラーヘッドが、
トレーラーを引っ張ってスロープを上り、船内に運び入れては単独で降りてくる。
夕日をバックに、数台が何度も往復して次々とトレーラーを運び込む。

18:10頃にはそれも終わり、いよいよぼくらも車に乗り込んで乗船を待つ。
でも、船内のカーデッキで一体どんな作業が行われているのか、
一般車両乗船の順番はナカナカ回って来なかった。

(りょ):「なぁなぁ、まだぁ〜?」
綺麗だった夕日も完全に見えなくなって、やがて薄暗くなっていった。


19:20頃になってようやく乗船の順番がやってきた。
親は「やったーっ!」と言い、(りょ)は最近の口癖で「よっしゃーっ!」と言い、ぼくは車のエンジンを始動。
グルッと時計回りに一回りして、スロープを登り、いよいよフェリーへと乗り込んだ。

もうとにかく腹が減っていた。指定の部屋(5F)の指定の場所に荷物を置くと、何はさておき食堂へ。
大人1,500円、幼児600円のバイキング形式。
ビールサーバーもあったので、生ビールが飲める!、と一瞬喜んだけど、よく見りゃ別料金。
そりゃそっか。今飲むと後がしんどくなりそうなのでここは我慢。
食事中に出港の時刻になった。ドラが鳴ったらしいけど聞こえなかった。
紙テープのサービスがあったらしいけど、そんなことより食べる方が大事。
岸壁が少しずつ離れていくのを窓から眺めながら食事は進む。
食堂が入場制限されるほどに混雑してきたので、(りょ)が食べ終わるなり退散。
次はお風呂(6F)だ。湯船のお湯が心なしか傾いているような気がするぞ。
風呂から上がって、(りょ)の頭をドライヤーで乾かしていたときに、
まもなく明石海峡大橋の下をくぐります、との船内放送。
大慌てで服を身に付け、部屋に戻らず甲板への出口を探した、けれどもナカナカ見つからず。
5Fに降りて、サービスカウンターのお姉さんに聞いたら「あぁそれならこちらです」と、
手の指す方を見たら目の前にその扉があって、ちょっと恥ずかし、。
扉を開けると、(ゆ)がそこに居た。

風呂上りだったのでカメラを持って来なかった。残念。
まぁ真っ暗の中に橋のイルミネーションが浮かび上がってるだけなので、
きっと大した写真は撮れなかったはず、と自分に言い聞かせる。
風が強くて冷たかったけど、風呂上りだったので寒くはなかった。
やがて大橋が船の後ろへ見えなくなって、ぼくらは船内へ戻った。

売店で牛乳を買って、窓枠に腰掛けて飲んだ。
部屋に戻ると、多くの人が既に寝る体勢。
ぼくらも布団を敷き、(りょ)と一緒にトイレへ行って歯磨きもして、寝る体勢に。
乗船前には、絵本は何冊読む?(持ってきた)5冊全部、えーっ!?、とか話してたけど、
最早そんな状況でもない。(りょ)もわかっているのか、それともただ忘れてるだけなのか、
絵本のことなど一言も口にせず、ゴロリと寝る体勢になった。
時刻は20:30頃。いつも寝る時刻よりまだ1時間も早いし、部屋もまだ明るいまま。
やっぱり船は微妙に揺れてるし、エンジン音はずっと聞こえてるし、振動も感じるし。
21時になっても、22時になっても、(りょ)は一向に寝付くことができず。

22:30に消灯でようやく部屋が薄暗くなり、(りょ)が眠りに付いたのは結局23時頃。
そして、父ちゃんもやっぱりナカナカ寝付けなかった。
寝付いては自分のイビキに目が覚めて、を繰り返していたような気がする。
(ゆ)に後で聞いたら、イビキは聞こえなかったと言ってたので、
もしかしたら気のせいかも知れない。夢でも見てたのかも知れない。
とにかく、熟睡とは程遠い状態のまま、やがて日付が変わっていった。

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